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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)4058号 決定

申請人 西島清一郎

被申請人 山武ハネウエル計器株式会社

主文

被申請人は、申請人を被申請人の従業員として扱わなければならない。

申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一当事者間争ない事実

一、申請人は、昭和三一年三月一五日被申請人(以下、会社という。)に、会社就業規則第一五条「新たに採用した従業員には二ケ月の試用期間を置く」との規定に基く試用者として雇用されたこと。

二、会社は、同年五月一四日就業規則第一六条「試用期間を経過したときは選考の上本採用の可否を決定する」との規定に基き申請人に対し「当社の採用基準に達せず、本採用いたしかねる」旨の通告をしたことは当事者間争ない。

第二会社における試用の性質

会社は、「申請人は試用者として昭和三一年三月一五日から二ケ月の期間を定めて雇用された者であつて、会社はその期間満了の日に本採用はしないと告知したまでである。」と主張する。

そこで会社の試用者に対する取扱を見ると

就業規則によれば、

第一五条 新たに採用した従業員には二ケ月の試用期間を置く。試用採用に際しては従事すべき職務、賃金その他の必要事項を明示する。

第一項の試用期間中従業員として不適格と認めたときは会社は試用採用の取消を行う。

第一六条 試用期間を経過したときは選考の上本採用の可否を決定する。

本採用された者の入社年月日は、試用採用の時にさかのぼる。

と規定され、

昭和三一年六月二一日締結、同年五月九日より適用される労働協約(会社と全国金属労働組合東京地方本部山武計器支部との間に締結されたもので、ユニオンショップを採用している。なお、申請人等の試用者も同組合の組合員である。)によれば

第三四条第二項

あらたに採用した者には二ケ月の試用期間を置き、その期間中に本採用の可否を決定する。

第三六条

会社は組合員を解雇するときは、組合の承認を得なければならない。但し試用者を除く。

とされている。

なお、本採用となつた従業員は月給制であるが、試用者は、その者が本採用となつた場合に受くべき月給の九〇パーセントが日割計算で支払れるという日給制になつている。

なお、会社には、単純に期間を定めて雇用される臨時工があり、臨時工は組合に加入できないが、会社は組合の同意を得て臨時工を雇用することが認められている(協約第三五条)。これらの規制によれば、会社のする試用契約は、一応労働者を二ケ月間試に雇うが、会社としてはその間に(就業規則第一六条に「試用期間を経過したのち」とあるのは、前記協約第三四条第二項により変更されたものと認められる。)本採用するかしないかを決定する義務を負担し、会社の本採用の決定により試用者は本採用の従業員たる地位(会社と期間の定めのない雇用契約を締結し、月給等の支払を受け、また協約の有効期間中は組合の承認なしには解雇されないなどの地位)を取得するが、不採用の決定があれば、雇用関係は、終了する契約と認められる。そして試用期間を設定した趣旨とその期間中に本採用の可否を決定するという協約の文言に照すと会社はその決定を自己の自由裁量にゆだねているものと考えられないことはない。

しかしながら会社が本採用の基準として内部的に定めた「試用者本採用基準設定の件」(乙第四号証)の記載によれば、左に該当の者は本採用を行わない。一、就業規則第五十四条及び第五十五条の懲戒に該当する行為のあつた者、二、左右両極端の思想を有する者又はこれ等に準ずる者と会社が認めた者、三、著しく協調性を欠く者、四、家庭環境の甚しくよくない者、五、技能不良の者又は技能不適にて配置転換の職場がないもの、六、集団生活に適さない疾患のある者又はそのおそれのある者、としているのであるから、その趣旨は会社の効率的運営に寄与することの期待が困難と考えるべき合理的事由を具体的に列挙したものというべきであつて、会社はそのような事由のない限り本採用とする意思を有し、この内容の試用契約が成立しているものと認めるのが相当である。

従つて、申請人は、会社の試用採用により、会社と二ケ月の試用契約を締結すると同時に、会社の本採用を妨げるような合理的根拠のない限り本採用の決定がなされることを停止条件とする期間の定めのない雇用契約を締結したものというべきである。

ところで会社は右のような契約上の地位を有している申請人に対し憲法、労働法規等の強行規定に違反する処遇をすることが許されないことは当然であるので、前記本採用の内部基準二、の運用如何によつて思想信条を理由とする差別待遇であるかどうかの問題を生ずる。

第三申請人が不採用となつた理由

一、会社が申請人を本採用としないことに決定した事情を見ると会社の労務主任が昭和三一年四月末労働基準監督署長の歓送迎会の席上他社の者より「会社に共産党の大物が入つたらしいから気をつけた方がよい」といわれたため、調査したところ、申請人がいわゆる「共産党の大物」であると考えられたこと、そのため会社は前記試用者を本採用にする基準の一つである「左右両極端の思想を有する者又はこれ等に準ずる者と会社が認めた者」に申請人が該当するとして、不採用に決したことが認められる。

二、会社はこの点について

「会社は昭和二七年一二月米合衆国のミネアポリス・ハネウエル・レギユレーター会社と提携し、同社が資本の半分を出資し、同社から取締役三名が派遣されている特殊な会社である。

同社は、(イ)米軍の航空機関係の制御機器を製造する点および(ロ)同社の設計、製造するオートメイション用計器の受注に際し顧客の工程の秘密、生産能力等を知悉する点において秘密の保持を絶対に必要とするので、同社から会社は秘密の保持を要望され、従業員の思想、政党関係に注意するよう勧告されている。

会社としても、オートメイション用の計器の設計、製造をする点において前記(ロ)の理由と同じ理由で機密保持の必要があることはミネアポリス社と同様である。

そして左右両極端の思想を有する者の背景となる組織を考えるとき、かかる者の機密漏洩の危険性は著しく大である。

その上、会社は、ミネアポリス社との技術提携の必要上、従業員を米国に派遣するについても、米国のパスポートのおりない共産党員であつては支障があるから、左右両極端の思想の持主は会社の従業員として不適格である。

以上の諸点を考慮して、会社は前記の基準を設定したものであつて、かかる措置は会社の顧客先に対する信用保持、引いては企業防衛の見地からなされたものである。」

と主張する。

三、しかし、かかる政治的信条ないしは党組織の一員であることから、直ちに機密漏洩の危険性を引き出すことが合理的であると認めるに足りる事情の疏明はない。

また、会社のオートメイション用計器の設計、製造に伴い、機密の保持を必要とする場合のあることは疏明があるけれども会社が特に他の社と違つて、従業員の職種をとわず、すべて特定の政治的信条等から直ちに機密漏洩の危険性を引き出すことが必しも不当とも認められない程極めて高度の機密の保持を必要とするとも認められないのである。

また申請人のような一般工員がアメリカに派遣された例はなく、派調された者はいずれも高度の技術的知識を有する者のみと認められるので、かかる特殊の例が一般化されて工員の本採用の基準にまで織り込まれたものと認めることはできない。

四、申請人不採用の決定的理由は、次の事情すなわち(イ)会社は従業員の試用採用に当つて十分な調査もせず、「共産党の大物」が入社したらしいとの他社の者からの注意を得て、あわてて調査した結果申請人に目星をつけたこと、(ロ)申請人は計器の一部の組立に従事し、特に秘密の保持を要する職務に従事していたわけでないことなどの事情から推して考えると機密の保持とか米国派遣の困難とかいうのは単なる口実に過ぎないものであつて、その真意は、むしろ申請人の政治的信条を理由とするにあると認めるのが相当である。

従つて、かかる措置は、憲法第十四条労働基準法第三条および会社は政治的信条などによる組合員を差別待遇しないことを確認するとの協約第三条に違反する違法の差別待遇というべきである。

第四停止条件雇用契約における条件成就の有無

前記のように、申請人は不採用の障害となるような合理的根拠のない限り本採用となるべき契約上の地位にあつて、その本採用決定を停止条件とする期間の定めのない雇用契約を締結しているのであるから、本採用の障害となる合理的理由の何も認められない本件においては申請人に対し会社が協約ないし強行法規に違反する不採用の措置をすることは、条件の成就によつて不利益を受ける者が故意にその条件の成就を妨げたことに該当すると認めるのが相当である。

そして、申請人は後記のように会社に対し雇用期間の定めのない従業員として扱うべきことを主張しているのであるから、民法第一三〇条により申請人と会社との間に期間の定めのない雇用関係が生じたものと認むべきである。

第五申請の趣旨と仮処分の必要性

申請人は、申請人の雇用関係は、当初より期間の定めのない雇用関係であるが、従業員として不適当という条件にその地位の得喪をかけているもの、ないし当初の二ケ月間は解雇権を大幅に留保する附款つきの雇用関係と解し、不採用の通知は、すなわち解雇の意思表示であつて、この意思表示は協約や強行法規に違反するため無効であるから、申請人は依然会社と期間の定めのない雇用関係にあると主張しているが、その主張の真の趣旨は第二ないし第四認定の関係の主張をしているものと解するのが相当であり、申請の趣旨として、解雇の意思表示の効力停止の仮処分を求めているのは、申請人を会社の従業員として扱わなければならないとの趣旨を表現したものと認むべきである。

疏明によれば、申請人は老母、妻子四人ろう者である弟一人および未成年の弟一人をかかえており、現在は組合よりの援助母、妻などの内職により辛じて生活していることが認められるので、申請のとおりの仮処分をしなければ、申請人の生活は危殆に瀕するものと認められる。

よつて、申請人の申請を理由あるものと認め、申請費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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